ごあいさつ

長野仁肖像写真

森ノ宮医療大学大学院 教授
長野 仁

このたびは、第122回日本医史学会オンライン島根大会をご視聴いただき、まことにありがとうございます。大会長として、改めてご挨拶申し上げます。

私と医史学の関わりは、明治鍼灸大学の卒論ゼミ合宿の道中で、北里研究所附属東洋医学総合研究所医史文献研究室(現・北里大学東洋医学総合研究所医史学研究部)を見学させていただいたおり、『東洋医学善本叢書』や『和刻漢籍医書集成』を編纂されて間もない、新進気鋭の小曽戸洋先生のレクチャーを受けたことに端を発します。

母校に新設された大学院への進学を決意した私は、高島文一名誉教授の計らいで国際日本文化研究センターの山田慶兒教授の研究班の末席を汚すこととなり、北里・医史研に在籍されていた真柳誠先生(現・茨城大学名誉教授)や、宗田一先生・杉立義一先生をはじめとする関西医史学界の重鎮の方々の謦咳に接する機会を得ました。

爾来30数年、小曽戸先生・真柳先生らが示された論文・解題・索引のスタイルを範として、一介の鍼灸師なりに研究を積み重ね、古医書の覆刻や図録の作成に携わってきた結果、小曽戸前理事長のご推挙によって本大会の会長を仰せつかる栄誉に浴しました。

しかし、未曾有の新型コロナの直撃を受け、大会延期に伴う会場変更に加え、現地開催からオンライン開催への方針転換も余儀なくされてしまいました。3度目の正直でようやく開催に漕ぎつけることができ、実行委員一同、胸を撫でおろしている次第です。

そもそも、大阪ベイエリアの大学に奉職する私が、なぜ島根県に白羽の矢を立てたのかと申しますと、琢周の肖像画、琢周流の鍼術書、田代家伝来の薬師如来座像といった新史料の出現が相次いでいたことに加え、学術大会の未開催の地でもあったからです。

そして、理事会で承認された開催年度すなわち本年は、奇しくも琢周流の流れを汲む吉田一貞が最難関の流儀書『刺鍼家鑑集』を編纂(1661年自序)してから360周年の節目に当たっていたのです。

私は、メモリアルイヤーそのうえバースプレイスにおいて、琢周流の系譜と流儀の謎解きを披露できるという最高のチャンスを「天の采配」で与えられたのだ、と確信したのでした。

それからというもの、公益財団法人いづも財団の梶谷光弘事務局次長には、名誉会長とは名ばかりで現地における一切合切の雑務をお引き受けいただきました。

また、松江市立松江歴史館学芸係主幹の西島太郎先生には、幻の企画となってしまったオプショナル・ツアーの企画にご賛同いただき、実行委員会の会場を何度もご提供いただきました。

さらに、島根大学法文学部教授の田中則雄先生に大会顧問をご承諾いただけなければ、会期順延の前提となる島根大学の共催と松江キャンパスの利用許可は得られませんでした。

つまり、当地の御三方のご理解とご尽力なしには、端から島根大会の実現は不可能だったわけですから、まずもって御礼を申し上げねばなりません。本当にありがとうございました。

そして、前途多難だったにもかかわらず実行委員会の結束が緩まなかったのは、本大会を共催してくださった島根大学の服部泰直学長、後援してくださった島根県の丸山達也知事、松江市の上定昭仁市長、出雲市の飯塚俊之市長、島根県医師会、松江市医師会、出雲医師会、東洋鍼灸専門学校、四国医療専門学校、森ノ宮医療学園はりきゅうミュージアムの先生方、公開講座の趣旨に賛意を示され協賛金を捻出して下さった皆々様の賜物であり、ここに深甚なる謝意を表します。

さて、本大会は坂井建雄理事長が常々おっしゃられている、西洋医学系・東洋医学系・人文社会系の学際領域としての医史学の魅力を、遺憾なく発揮できるような企画と人選を心がけました。

実行委員会では当初、島根県立古代出雲歴史博物館専門学芸員の岡宏三先生と梶谷先生にご登壇いただく「出雲地方の医学史・洋学史」と、北海道大学文学部教授の橋本雄先生、帝京平成大学薬学部准教授の鈴木達彦先生、そして私がパネリストとなる「中国医薬・鍼灸の自国化再考」を2本の柱と位置づけておりました。

しかし、昨今の世情を鑑みて、新型コロナを第3の柱……というよりむしろ大黒柱に据えることといたしました。

本大会が、過去完了形ではなく現在進行形・未来進行形の医史学のあり方を模索する契機となるならば、医史学は不要不急どころか問題解決の重要な糸口となることを証明する機会となるならば、本学会の理事の一人として感無量というほかありません。

新型コロナは、世界的規模の最重要課題であり、誰一人として免れられない喫緊の脅威です。

よって、会員に向けては「緊急提言」と題し、保健科学研究所学術顧問の加藤茂孝先生に「コロナ禍における医史学の役割」について熱弁を奮っていただきました。

そして、奈良女子大学生活環境学部教授の鈴木則子先生と島根大学医学部教授の佐野千晶先生による特別講演は、オンラインの利点を最大限引き出すべく公開講座といたしました。

題して「ウィズコロナを生きる」、近世における疱瘡蔓延の爪痕から学ぶべき歴史的教訓と、近代の結核と現代の新型コロナの対比から浮き彫りとなる科学的真実を、松江市民、島根県民、日本国民、一人でも多くの方々に周知できればと考えております。

公開講座ではさらに、ヴァイオリンの聖地、イタリア・クレモナ在住のヴァイオリニストの横山令奈さんとピアニストのディエゴ・マッカニョーラさんが、本大会のために撮り下ろし演奏をご提供くださいました。

昨春、横山令奈さんは、医療崩壊状態のクレモナの病院の屋上で独奏し、医療従事者を励まし、患者を慰め、ネット配信で世界中に感動を与えたことは記憶に新しいと思いますが、今月その功績が評価され、ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100」に選出されました。

撮り下ろしの「P.S.クレモナの空から」は、一音一音に心が籠められた演奏となっておりますので、臨床の激務に追われる会員の皆様に、ひと時の安らぎをお届けできるのではないかと思います。

最後になりましたが、コロナ禍でご多忙のさなか、一般演題にエントリーくださった諸先生、座長をお引き受けいただいた諸先生、サイト運営やポスター印刷等に尽力された地元業者の皆様にも、実行委員会を代表して、心より御礼申し上げます。

オンデマンド配信ではございますが、会員の皆様にとりまして実り多き2日間となることを祈念し、会長挨拶を締めくくります。

2021年8月吉日 謹識